1825年2月18日(文政2.4.6)
江戸時代日本は鎖国をしていました。日本沿岸にロシアやイギリスの船がたびたび姿を見せるようになると、幕府は外国船打払令(無二念打払令)を出しました。「異国船はこれを発見しだい、二念なく打ち払うべし」というものです。それは194年前の今日です。 1837年、外国船打払令に従って浦賀奉行所が、浦賀にあらわれたアメリカの貿易商社の所属船モリソン号に対して砲撃を加えています。 しかし、日本人漂流漁民を送り届けてきたアメリカ商船モリソン号をイギリスの軍艦と誤認して砲撃したモリソン号事件は日本人にも批判されました。また、アヘン戦争での清の惨敗の情報により、幕府は西洋の軍事力の強大さを認識し、1842年(天保13年)には異国船打払令を廃止し、遭難した船に限り補給を認めるという薪水給与令を出して、文化の薪水給与令の水準に戻すことにしまし。